奈良びわの葉会
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    興福寺

    興福寺佛教文化講座に参加しました。

    興福寺といえば、阿修羅像で有名です。

     

    興福寺の創建者は藤原不比等で、娘の光明皇后が興福寺五重塔を創設しました。

    光明皇后はビワの葉療法を広められました。

     

    興福寺は奈良時代には4大寺、平安時代には南都7大寺のひとつとして数えられており、南都六宗の一派である法相宗の大本山となっています。

    何度も火災にあっており、源平合戦最中の平重衡の焼き討ちでは全焼。

    東大寺などと一緒に世界文化遺産に登録されています。

    300年振りに完成

    中金堂とは興福寺では興福寺の本堂にあたり714年に藤原不比等が中心となり建設されたもので藤原氏の氏寺として丈六の釈迦如来像、菩薩像4躰(十一面観音二躰、薬王・薬上菩薩)、四天王像、2組の弥勒浄土像が祀られていた建造物でした。

    しかし、1046年に近隣の火災が延焼し、焼失してしまいました。それ以降、6回も再建されてきましたが、すべて焼失。江戸時代に仮再建されたものは、老朽化のため2000年に解体されたままになっていました。 

    中金堂がこの度再建工事が終わり、

    一般参拝は2018年10月20日からとなっております。

    創建当初と同規模の幅約37メートル、奥行き約23メートル、高さ約21メートルで、東大寺大仏殿に次ぐ巨大な木造建築となります。

    直径77センチ高さ10メートル以上の柱が必要で、中部アフリカのカメルーンのケヤキを使ったそうです。

     

    本尊は仮金堂に安置していた江戸時代の釈迦如来坐像

    金箔を貼り直して化粧直しをしたそうです。

    薬王(やくおう)・薬上(やくじょう)菩薩立像(重文)

    吉祥天倚(きっしょうてんい)像(重文)

    大黒天立像(重文)、四天王立像(国宝)

    日本画家、畠中光享(はたなかこうきょう)さんが法相(ほっそう)宗の祖師を描いた柱絵も礼拝対象です。

    国宝館には阿修羅像

    「阿修羅像」興福寺で最も有名な仏像です。

     

    奈良時代の作品で脱乾漆造という技法で作られています。

    脱乾漆造は奈良時代の主要寺院で流行った技法で、阿修羅像はその代表作となっています。

    六本の腕と三つの顔を持った姿で表現されています。三つの顔は正面が喜びの表情、左面が唇を噛みしめる後悔の表情、右面が懺悔の悲しみの表情をしています。

     

    合掌している腕以外の四本には現在は失われていますが、それぞれに武器のような物を持っていたとされていますが興福寺の阿修羅像は仏教に入ったあとの姿が表現されており、憎しみが消え穏やかな表情となり、武器を持っていません。

    興福寺でかき氷イベント

    興福寺で珈琲イベント

    10月の中金堂が完成するのが本当に楽しみです。